お蔵入り

今私が死んでも100年後には誰も覚えていない

ドラマで

 

「余命あと5年」

 

と言われるのを見たり。

 

Twitterで

 

「◯◯ガンで余命1年って言われました」

 

という文を見てから

 

私は、人間の「死」について考えるようになった。

 

改めて今考えているわけではない。

以前このブログでも「死」については書いたことあると思う。

 

 

あの時の感情は

「もしかしたら明日、いや今この瞬間に心臓が止まるかもしれない」

という起こるかもしれない未来に対して恐怖していた。

 

あれから数カ月がたった今でも、たまに「死」について思うことがある。

 

だが、前と違うのは

 

「自分が死んだら、自分のことを思ってくれる人はいるのだろうか」

 

という承認欲求についてである。

今死んだら悲しむ人は1人くらいいると思う

芸能人や偉人のように

私は大それたことを成し遂げたわけではない。

 

だが、私が仮に今、この世を去ったら

1人くらいは私のために泣いてくれる人はいるだろう。

 

何十人、何百人と私のことを思って泣いてくれとは言わないが

せめてこの世に生まれてきたからには

誰かの人生に私という存在が少しでも入っていればいいという感覚。

 

「あなたがいなきゃダメ!絶対にダメなの!」

 

と、顔がグシャグシャになるくらい泣いてくれとは言わない。

 

でも、私の葬式が開かれたとして

1人くらいは泣く人がいるんじゃないかと思う。

 

それを確認できるのは、実際に私が死んでからだろうが

私自身が確認する術は、今のところ分からない。

死んで100年後には僕のこと覚えている人はいない

人間というのは、忘れる生き物だ。

 

ついさっき会話した内容も、1時間後になると

 

「あれ?さっきなにを話したんだっけ?」

 

と忘れることもあるし

1分前のことすら忘れてる時もある。

 

それが100年も経ったなら、おそらく私のことを覚えている人などいないだろう。

 

私が死んだ瞬間に生まれた子でさえ、100歳になる。

0歳児の時の記憶なんて、皆無いと思う。

つまり、100年後には私の存在自体が無くなるかもしれないわけで。

 

物として名前を残したり

写真を飾っておくとかなら存在しているかもしれないが

 

「へー、昔にこんな人いたんだなぁ」

 

くらいに思ってくれたら良い方で

 

多くの人は

 

「だれだろう?」

 

と思うのではないだろうか。

 

つまり、死んでから時間が経つにつれて

私という存在は、この地球から無くなっていくんだろう。

だから我慢しない

死にたいとか死にたくないとかじゃなく

人間はいつかは死ぬ。

 

おそらく、私が生きているうちに

 

不老不死の薬やら

コールドスリープやら

 

そういったアニメや漫画に出てきそうな機械は出来ないだろう。

 

なので

もしかしたら明日、私は死ぬかもしれない。

 

明日絶対に生きているという保証はどこにも無い。

だから、もう我慢するのをやめた。

なにを我慢するのをやめたのか

なにクソ畜生!

みたいに普段我慢しているわけでは無い。

 

だが、ここ半年くらいの仕事環境で

我慢というほどではないが内に秘めていたことがある。

  • プロジェクトリーダーの管理不十分
  • コーディング者の情報伝達スキルの無さ

ちなみにコーディングとは、プログラムを作る人のことを指す。

 

この2つによって、私は今まで必要以上の仕事を強いられていたわけだが

別に私のキャパシティ内だし、問題なく仕事は出来ていた。

 

だが、ふと冒頭の「死」について考えてみると

 

自分の意見を言わずにただ言われるがままにやる仕事は

本当に良いのか?

と思うようになった。

 

誰かの悪口を我慢しないで言うわけじゃない

自分のわがままを通すために我慢しないわけじゃない

 

こうした方がもっと仕事が効率良く回るのでは?

 

と、ただ言うだけだ。

 

 

相手の立場や年齢を気にしないで

 

正しいことは正しい

間違っていることは間違っている

こうした方が良いと思ったら伝える

自分が間違ってたら謝る

 

 

こういう幼稚園や小学校の時に習ったようなことを

大人になって出来ていない自分が何だかイヤになった。

 

だから今日も

私は我慢せずに行動する。

この記事を書いてから変わったこと

さて、我慢しないと言ったが

具体的に行動に変化はあったのだろうか?

ということで、ここ2〜3日の私の行動を書き残しておこうと思う。

 

  1. メールで改善要望を全プロジェクトメンバーに送信する
  2. この現場でやってられないと思い、現場変更を申請する(申請中)
  3. 同じプロジェクトのコーディング者にボロクソに言う

 

3については、何をボロクソに言ったのか?と思うかもしれないが

納期を破りに破りまくってたので、こっちも

 

「この納期では無理です」

 

と譲歩せずに伝えただけである。

 

と、こう箇条書きにしてみるとなんだか私が幼稚に見える。

だが、我慢はしない。

 

この行動が、良い方向に進むと思っているから。

 

それが私の存在意義なのだと思っているから。

 

 

今日も思ったことを発信していく。

 

 

それはこのブログも同じこと

 

だって、仮に明日死ぬってなったら絶対に後悔すると思うから。

 

自分の心には正直でいようと思った。