ブログ運営

ブログ書くとき、自分に正直になってない気がする。

数日前にこんなTwitterでこんなツイートを見かけた。

その時にリプ返した私の内容がこれ。

めっちゃ偉そう。

偉そうだしエロそう。

 

名前を改名しろって言われたら、もたろうから

「偉こうずけのすけ」

になるくらい偉そう。

 

できれば吉良上野介がいい。

 

何気なかったが、今ふと思った。

 

自分は言葉を選ばずに思いのままに表現しているのか

誰かが傷つくかもとか考えずにありのままを文字にしているのか

飾らない表現をしているのか

 

自分からTwitterでリプ返した手前、有言実行しなくてはと謎の使命感に駆られた。

私の自己表現の場として「ブログ」というツールを使っているが、本音を言えば何でもいい。

 

Twitterでも、Facebookでも、なんならメモ帳に書くでも。

 

だが、

 

Q:言葉を選ばずにありのまま飾らずに文字を書いているか

A:いいえ

 

と答えてしまう。

 

理由は

読者を考えてしまうから

なんだと思う。

 

自分らしくしてればいいじゃん、と日頃啖呵を切ったように発言している私だが、それと同時に人は1人では生きていけないことも知ってる。

群れをなす場合、異端である存在は排除される傾向にあることも知ってる。

つまり、私が一般常識や他と違う「普通じゃないこと」を発した場合、周りの反応は排除しようとするか無視するか。

ということは必然的に孤独になる。

 

なんともまぁ、1人で生きていける方法はないものか。

と模索する前に、周りに合わせて生きた方が幾分楽なのだろう。

 

それは社会人になって嫌という程経験したし、これからも生き続けるなら多くのことを経験すると思う。

だが、このブログという私のテリトリーだけは何を言っても何をしても許されるのではないかと思う。

 

前提条件とか「ただし◯◯に限る」とか無しで。

ブログに関してだが、今まで気にしてきたことは

  • タイトルの付け方
  • 文字数
  • 読みやすさ

を気にしてきた。

 

それは全て読者に対して。

つまり自己表現とか言いながら結局、

「読者」に対しての情報提供だったり娯楽要素だったり1ミリでも「面白い」や「クスッ」と感じて欲しいから

である。

現に今、文字装飾で太字にしたりピンクの線で文字を加工したりしてるし。

 

この文字を装飾する技術は何にも難しくないし、パソコンを5分触って一言二言「こうするんだよ」と教えてもらえば基本的に誰でも出来る。

 

卵焼きを作るときに、ひと手間お水を少し加えてふっくらさせるような感じである。
(卵焼き作るとき、みりんとか白だしとか入れるついでに少量の水を入れるとそうなります)

 

ツイッターで偉そうに言っときながら俺、他の人の反応気にしてるじゃん。

現にブログ書き終わったらツイッターに投稿してるし。

それは他の人に読まれたいからという心理そのものじゃん。

 

なーにが自己表現だか。

と、自問自答して恥ずかしくなった。

 

まぁ結局のところ、心のどこかで誰かに認めて欲しいんだろう。

そう思ってしまうのはしょうがないのかな。

 

でも、たまには本当に日記的に書いたり、何も飾らずにありのままを書くことが出来るようになったら。

仮に誰からも共感されずに「こいつ変なやつだな」と、すぐブログを読むのをやめてしまう人ばかりだったら。

 

それはそれでいいんだろう。

別にブログ自体、誰かのためにやっているわけじゃないし。

自分のためにやってるようなもんだし。

 

誰からもコメントが来ず、PV数(アクセス数)も0に等しい記事があったとしても

自分が良ければそれでいいんじゃないだろうか。

 

イヤなら途中で読むのを辞めて閉じればいいだけだし。

好きならもっと読めばいいし。

ただ多くの人に読んで欲しいっていう気持ちは変わらないと思う。

 

だから改行とか読みやすさとか文章を選んで書いているわけだし。

 

ただ一言。

 

万人受けする記事を書くよりも、一定数の「私と同じような感覚を持っている人」との交流を深めた方が、より有意義なブログとしての時間の使い方だと私は思う。

そこから収益化が生まれるとか、太いコネクション等の繋がりが生まれるなどの打算的なことを考えるよりも、一線を引いて気軽に考えよう。

 

自分が友達だと思ってる人に対して収益化とか打算的に考えないでしょ?

結婚したいって思った人は、本当にお金やコネクションの繋がりだけ考えたの?

 

もっと自分に正直になりなよ。

 

そう自分に問いかけながら、今日もポチポチ、カタカタと文を書く。