3000文字チャレンジ

人間として旅立ちたい「3000文字チャレンジ【旅】」

今私が使っているもので一番拡散力があるのがTwitterで、その次に3000文字チャレンジというこの企画。

ブログはそれほど拡散力もないし、定期的に呼んでくれてる人なんているのかどうか。

 

本来だったら3000文字のお題「旅」について何らかのことを書こうと思ったけど、さっきあった出来事を書き記しておこうと思う。

つまりただの私の備忘録なので面白くないと思う。

ことの発端は、息子がアンパンマンのパン工場おもちゃを欲しいと言ったことから。

先程仕事中に嫁からLINEが入り、どうやらアンパンマンのパン工場おもちゃが欲しいらしい。

 

といっても、値段がそこそこする。

ウチにおもちゃを買う余裕は無い。

 

いや、厳密には買えなくはないのだが数少ない貯金から買うのもどうかと思った。

そこでふと思ったのが、私の親(息子でいう祖母にあたる)にねだってみようと思った。

 

 

 

下記はLINEのやりとりをそのまま残しておく。

 

 

====LINEのやりとり====

もたろう:「アマゾンのURLリンク」

もたろう:「◯◯(子供の名前)がこれ欲しいって言ってるわ」

 

母:「ふーん、よかったね」

母:「YahooのURLリンク」

母:「これでダメなの?」

 

もたろう:「たぶんそれだわ」

もたろう:「チラシの画像を送る」

 

母:「出来たらYahoo使ってほしい、ポイント貯まる。値段が高いなら別だが」

母:「ってなんで今プレゼントせなあかんの?」

 

もたろう:「アマゾンのリンクを貼る」

もたろう:「◯◯(子供の名前)は今を生きてるからだよ」

 

母:「意味わかんねー、アマゾンが安いってことね」

 

もたろう:「買ってくれるの?ありがとー」

 

母:「なんだそれ、あ、そっか。買ってほしいとは言ってないか。早とちりでした」

 

もたろう:「買って欲しいってw」

 

母:「声が聞きたいなぁ」

母:「君の教育方針で誕生日でもなんでもないときに買ってあげるのはどうなのさ」

母:「ほしいときにホイホイ買ってあげた結果が君!!」

母:「ちゃんと育ってるやんかと自分で思うなら買ってあげるのはやぶさかではない」

 

もたろう:「お盆休みそっち行くからまっときー」

もたろう:「誕生日でもなんでもないのに買うのは特に問題ないけど、本当に欲しいかどうかは吟味するけど最近おもちゃ増えてるから、ここいらでストップかなー」

 

母:「じゃあ買わなくていいのね」

 

もたろう:「そんなに買いたくないならもう頼みません。大丈夫です。」

 

母:「むつけたの?ここいらでストップかなって言うからやめたのかと」

 

もたろう:「そうですね」

 

母:「ワケわかんない」

 

もたろう:「いいわ買わなくて、とりあえずこの話はおしまいで。」

====LINEおわり====

 

 

別におもちゃを買ってくれなかったことに対して、対応が冷たくなったわけじゃない。

私が一番嫌だったのはこの部分。

 

母:「ほしいときにホイホイ買ってあげた結果が君!!」

母:「ちゃんと育ってるやんかと自分で思うなら買ってあげるのはやぶさかではない」

 

ここ。

 

買わないなら買わないって言って欲しいし

お金がないならそう言って欲しい。

 

まぁあの家にお金がないなんてことはないと思うが。

 

直接的には言ってないけど、私が捉えたのは

・私は親にとってちゃんと育ってない

という思い。

 

それが本当に相手が思っているのかどうか確かめる術はないが、少なくとも私はそう捉えた。

 

直接聞いたところで返事が返ってくるかどうか。

まぁこんなのは日常茶飯事なので、いつものように話を終わらせて時間が経つのを待つ。

 

ちなみにLINEが送られてきてから3時間ほど経つが、会話が終わってからメッセージは来ない。

またふとしたときにLINEが来るのかと思うと、正直嫌だ。

 

ブロックしたい。

 

私がこんなにも納得してない理由の一つとして、過去のエピソードがある。

 

 

当時、年越しの時連絡しなかった時がある。

たまたまその時母親はインフルエンザだったそうで。

そこで日頃から連絡よこさない、孫の顔を見せないなど散々文句を言われた。

 

母親からインフルエンザって言われたら実家に行くくらいはしたけど、連絡は来てない。

 

まぁ一理ある。

 

なので、そこからはたまには実家に帰って孫の顔を見せたりしている。

 

 

だが。

 

私の誕生日になってもおめでとうの一言もない

孫の誕生日になってもおめでとうなど一切連絡はない。

そして当の本人は旅行に行ったり、悠々自適の年金生活。

 

いや、年金生活ではなく遺産生活。

 

これってほんとになんなんだろうね。

そしてさっきのLINEの文書。

 

教育方針?

 

というか今の俺はあなたに対して殺意しか湧かないし、人を殺すことが合法なら真っ先に喉かっ切ってあなたが死に行く様を見ながら笑っていたい。

 

そして土地、建物、その他資産を全部金に換えて私の家系そのものを無くしたい。

 

こんなにもこの家系に生まれてきたことに後悔する日がくるなんてね。

 

今考えてみるとその場その場の母の愛情はあるかもしれない。

が、それはただ

 

「自分の子供だから仕方なくやってるだけ」

「生まれてしまったから責任からか育てているだけ」

 

といった建前で、本音は愛なんてもの与えられてなかったんじゃないだろうかという私の虚無感。

 

それが事実だとしたら、今後も母と子の関係を保っていられるだろうかという疑念。

 

だから私自身も愛するという感情が欠落している時があるし、ふとした時に人を殺めたいと思うことがあるんだろう。

 

もっと他に原因があるのかもしれないが。

 

つまり私は人間でありたくない。

この一件からそう思った。

 

おそらくこの話をすると賛否両論分かれると思う。

 

私が悪い、母が悪い、欲しいと言った孫が悪い。

人それぞれ考え方も環境も違うし、その意見全てに対して間違いではない。

 

私はただ、愛というものが何なのかが分からない。

 

母親にとっては何気なく言ったことかもしれないが、私にとってはその一言一言が聞くに耐えない。

 

そうなると比例して人として嫌いと思う。

 

いくら血の繋がった親子だって

家族だって

同じ釜の飯を食ったって

 

嫌いなものは嫌い。

 

 

本当に嫌い。

 

嫌いすぎて発狂したくなるほどだった。

 

 

 

もうすぐお盆休み。

私は幸いにも休みが一週間くらいある。

 

これから何をしようか予定を立てるのは楽しみだが、実家に帰ると言った手前気が重い。

 

毎回思うが、実家には帰りたくない。

この一件からではなく、根本的に帰りたくないし会いたくない。

会いたくもないしデジタル上の会話もしたくない。

 

ようは、関わり合いたくない。

 

ここまで思うのはイコール嫌いってことでいいんじゃないだろうか。

私は家族だからとか血の繋がりがあるからとかいった体裁に心から疑問を唱える。

 

ただ、偶然に今の親から生まれただけなのに

ただ、偶然に今の子供が生まれただけなのに

 

それだけで絆が生まれるなんておかしいと思う。

 

親が子を選べないように、子だって親を選べない。

それは神か自然の摂理が悪戯したのか分からないが、現代の科学では立証できない。

故に生まれてからor我が子が生まれるとした場合は、コンビニでおにぎりを選ぶように人を選べるわけではない。

 

もしかして親がとんでもない問題を抱えてDVはおろか、常に死と隣り合わせの生活を強いられるかもしれないし。

もしかして子がとんでもなく異端児で犯罪を犯すような子に育ってしまうのかもしれない。

 

つまり、私の妻だって

私の子供だって

 

血は繋がっているけど同じように自分と違う考えを持っていてもおかしくない。

 

人間は、群れで過ごすように見えて実質1人なんだと私は思う。

 

 

 

あぁ、どうか母親が早く死にますように。

そして私が、悔いなく死にますように。