3000文字チャレンジ

私の人間的感情「3000文字チャレンジお題【成長】」

※先に申し上げたいのですが、暴力的な発言が含まれているのでご了承ください。

 

 

 

最近SNSとかブログとか見てて思うのが

 

 

みんな綺麗事言いすぎじゃね?

 

 

って思うんですよね。

 

 

「◯◯さんTwitter辞めたから心配」

「あの◯◯インフルエンサーが言ってるから」

「周りがそう言ってるしなぁ。自分も同意しないと」

「みんなそうだし、私も」

っていうやつ。

 

SNSとかブログに限らずなんですが、

 

 

本当にそう思ってんの?

 

 

って感じることが多々あります。

 

仮にね、仮の話なんですが。

 

最近物騒な事件が多いじゃないですか。

しかも被害者が子供のケースが多い気がするんですよ。

 

一応子を持つ私としては、そんな事件は起こってほしくないんですよね。

で、自分の中にいろんな感情が生まれるんですよ。

 

 

その1

加害者を総叩きするメディアor国民

 

その2

被害者に取材するメディアを叩く国民

 

その3

加害者の家族知人の思い

 

その4

報道されてないだけで他にも同じような事件事故が起こっているのではという疑念

 

とか色々ね。

 

一応いろんな目線で物事を考えるようにしてます。

そうしないと固定概念だけで凝り固まってしまいますし、もったいない気がして。

 

 

でもですよ、これが仮に

 

加害者が自分の子供だった場合

被害者が自分の子供だった場合

 

となった場合を想像すると、やっぱり私にも人間的な感情はあるんだなぁと再確認させられます。

 

まず

 

【加害者が自分の子供だった場合】

 

基本的には擁護したいんですが、おそらく世間から罵詈雑言の如く言われるでしょう。

 

何をやらかしたかにもよりますが、殺人とか強姦とか対人に迷惑をかけるのは罵詈雑言のレベルが格段に上だと思います。

 

よく目にするのが

「◯◯すべきだ」

っていう意見。

 

なんか正当化されてるように聞こえますが、よーするに

 

【悪いことしたんだから叩かれて当然】

 

っていうことなんでしょうか。

 

なんともまぁ、これはしょうがないのかもしれませんね。

世の中には絶対にやってはいけないこともありますし。

やったらどうなるかを教えなきゃいけない反面

 

「じゃああなたは心の中で誰かを殺めたいと思ったことがないの?」

 

と聞かれたら、答えはイエスですよ。

 

殺めたいと思った人なんて両手で数え切れないくらいいますよ。

でもそれは、小学校、中学校、高校と色んな人と関わって色んな経験をした結果、犯罪に関しては

 

「心の中で思うのはしょうがない、殺めたい感情や他の法律に触れるような事をしたいと思うのはしょうがない。でもやったらダメ。理屈じゃなくてダメなものはダメ、隠れてやっても必ずバレる。そして人間は1人でその罪を抱えて生きられるはずがない。」

 

と自分の中で予防線を張っています。

 

それが良いのかどうかわからないですが、昨今でも

 

「こいつマジ・・・殺・・・」

 

っと初動で思っても、冷静になろうとして

 

「落ち着け落ち着け餅つけ餅つけペッタンコーペッタンコーつるぺったんこー、貧乳はステータスだ希少価値だ」

 

とかその場凌ぎで冷静になろうとします。

あくまで私の場合です。

 

これが自分の子供に伝わるかどうかわかりませんが、ってか伝わんないと思いますが

まずは犯罪については子供の表情とか見ながら教えていきたいなと思います。

 

 

では、実際にやってしまった場合。

それはもう、親として守るしかないよね。

それは一種の責任なんでしょうか。

だって他に守ってくれる人がいるとは思えませんし。

 

何をしたかによるとは思いますが、仮にウチの子が強姦しまくった場合

とりあえずボッコボコにぶん殴ると思います。

ボッッッッッコボコに。

 

実際経験してみないと自分がどんな心境になるか分からないですが、今の気持ちで実際にイメージした結果

 

ボッッッッッッッッッッッコボコです。

 

「なにしてんじゃおりゃあああああああああああああああああああああ」

ってくらいでまず張り手かましてからのみぞおちを右手の骨で叩くと思います。

 

そこから更にボコボコにするかは分からないですが、初動後に冷静を保つのではないかと。

となると、私も人の事とやかく言える人間ではなく感情的になってしまうと思います。

 

ですが、犯罪を犯す年齢となったら中学生あたりからでしょうか?

年齢でいうと13歳あたりから知識がついてきて、法の抜け道とか探し出すのではないかと。

そうなった時に果たしてボコボコにできるのか・・・・。

 

 

体力持つかな・・・。

 

 

って論点はそこではありませんが。

そこからは自首させたり、被害者の方々に謝ったりといった感じでしょうか。

 

実際加害者本人よりも、その家族知人の方が辛い気もしますね。

 

 

さて。

被害者が実の子供の場合ですね。

 

これはもう簡単です。

 

 

 

加害者を殺します。

 

 

ウチの子が亡くなった場合は特にです。

治るケガなら、殺しはしません。

一生障害を抱えるとかなら、もしかしたら踏み止まって殺さないかもしれません。

 

ですが、亡くなった場合は話は別です。

 

 

今の心境だと、絶対に加害者を殺します。

 

【今の】ですから。

 

これは常日頃考えている事なんですが

 

一応私もどこかの企業に勤めている他の方々と一緒の、サラリーマン生活を送っています。

昔は平日土日関係なく仕事でしたが、今となっては平日に働いて土日はお休みです。

 

なんともまぁカレンダー通りに働けるなんて夢にも思ってなかったわけですが。

そうなると、土日や祝日のお休みは貴重なんですよね、実の子供と遊べる時間がそこしかないので。

自分が休みの時はまだいいです。

 

ただ、自分が働いている時は子供の顔が見えません。

 

となってくると、考えてしまうのが

 

「もしかしたらこれで会えなくなるかもしれない」

 

という思いと

 

「殺害や交通事故で無くなった場合、その加害者を絶対殺すなぁ。」

 

という思いです。

 

過去に数十回イメージしてみたんですが、どうにも加害者の人を許せる心境にはなりませんでした。

イメージした後って、頭の中が熱くなって身体も震えて気づいたら手が震えて、今誰かに嫌なこと言われたら殴るって感情になるんですよね。

 

あれ?これって私だけ?

 

とにかくもう一度言わせていただくと

 

ウチの子が殺されたり亡くなったりしたら、事故だろうが殺人だろうが加害者を殺す。

 

っていうことです。

 

よくある声としては

 

「それで亡くなった子が喜ぶと思う??」

とかいう発言です。

 

 

ぶっちゃけ知らねーーーーよって。

 

そこで加害者を殺してしまう自分は、加害者と一緒になってしまうかもしれません。

本当に亡くなった子が悲しんでいるのかもしれません。

 

でもそれを知る術はありません。

亡くなった人と会話が出来る霊能力的なのも全く科学的根拠がありませんし

なによりも実際に面と向かって亡くなった人には会えません。

 

死んだ人が生き返るなんていうのは、現代社会ではアニメとドラマの世界だけだと思っています。

そんな最愛の人が亡くなった場合、冷静を保って

 

「ここで殺したら加害者と一緒だ」

 

とか優等生の学級委員長みたいな思いでいられると思います???

 

 

私には到底無理ですね。

 

 

何回も想像してイメージして、その時の自分の心の中を覗いてみましたが

どれもこれも自分が加害者側に回ることしか考えられません。

 

加害者にも家族がいて、その人がいなければ悲しむ人がいるのは確かです。

でもそこまで私は大人になれません。

 

仮にそれが大人になるということであれば、私は一生子供のままでいいです。

それほど、体裁を守るよりも社会的地位を守るよりもお金よりも好きな食べ物よりも何よりも大切、ということが最近分かりました。

 

これが冒頭でも申し上げた、私の中で人間的な感情があるということなんでしょうか。

この感情が良いのか悪いのか賛否両論があるとは思います。

 

過去に私は何度も人を「殺めたい」と思ったことがありました。

 

ですがそれは、自分自身の不の感情と向き合った時に出たもので、他の人の為に人を殺めるという感情を持ったのは初めてです。

 

本来そこまでして何かを守ろうとする思いって今まで持ったことがなかったので、これが私の中での人間的な部分なのではないかと日々感じています。

余談

さて、3000文字は超えているんですがもう少しお付き合いください。

この記事が当人たちに届くのかはさておき、最近私が思う事をもう少しダラダラと書き記したいと思います。

 

というかただの

 

愚痴(グチ)

 

です。

 

結論から申し上げちゃうとですね。

「こぼりこぼりうるせーーーーよまじ、本人に言えよブログ知ってんだし住所電話番号知ってんだから本人に言えよ、陰口とか単なるイジメだろうるせーーーよマジで、Twitterのミュート機能役に立たないから困ってんだよおおおお」

 

っていうことです。

 

まず

「こぼりって何?だれ?人なの?」

ってとこからですよね。

 

そもそもこの記事は、【3000文字チャレンジ】という企画です。

ルールはコチラ

まぁ簡単に言ったら、

 

文字を太くとか赤くとかしないで

画像を貼らないで

お題に関してひたすら文章を3000文字以上書こうよ

 

っていう企画です。

その企画を作ったのが「こぼりたつや」という人なんですね。

 

ですが、なんだか辛くなってしまったらしくて「こぼりたつや」さんが3000文字企画そのものを辞めようとしていたんですよ。

そんな時に、運営を引き継ぐという立場で現れた救世主が「なかの」さんです。

まぁそこはいいんですよ。

運営やめたとかは別にいいんです。

 

それで、こぼりたつやさん自身もブログをされていて、更新が滞ってたんですよね。

Twitterもアカウント削除されて。

 

そこもいいんですよ別に。

SNSなんていつでも辞められる気軽さがありますし

SNSで人間関係まで気にしたら疲れますし。

ブログなんて自由に書けばいいと思いますし。

 

で、最近になって「こぼりたつや」さんがブログを更新したんですよね。

 

まぁそこもいいですよ。

 

あーまたブログ始めるんだなー。

って思いました。

 

で、問題はここね。

 

Twitterで「こぼりさんおかえり」とか言ってる人はまぁ何にも思わなかったんですが、思ったよりも

 

「こぼりたつや」さんに対しての悪口?というか

 

「あれはないよね~」

 

とかいう発言って言ったらいいんでしょうか?

 

いやいや、うるえええええええええええええええええよ!!

これが1人2人じゃないんですよね。

 

もううるさい本当に笑

笑っちゃうくらいうるさい。

 

ということでTwitterで2回目となる「ミュート機能」を使おうとしました。

※ちなみに1回目は「令和」というキーワードでミュート機能を使いました。

 

対象となるキーワードは

 

こぼり

こぼりたつや

こ〇り

TK

 

です。

 

でもさーそれでも出てくんの。

どうなってんのTwitterのミュート機能???

 

 

使えねえええええええええええ。

 

ということで、リスト自体を見るのを辞めました。

幸いにも私のTwitterアカウントは、基本的にフォローするのではなく【リスト】を作って管理してたので、見たくないものがあればリストを見なければいいだけの話になります。

 

タイムラインにはごく少数の方しか表示されていないので、また快適なTwitterライフが始まろうとしています。

 

あ、ここで一つ申し上げておきたいのが

 

別にこぼりさんについて発言するのが悪いとかそういうのじゃないですよ?

これを見ているあなたが悪いとかそういうのでもないです。

 

私が一番嫌いなのが

 

「当の本人がいないのに、その人の悪口や罵倒中傷と捉えられる発言をする行為がどうしても嫌いで殺意に満ちてしまう」

 

という、ただそれだけのことです。

 

まぁこれも時間が経てばいつも通りになると思うので、しばらくは様子見です。

 

って数日前にこの文章を書いたんですが、人間とは時間が経つと話題も無くなるもんですね。

Twitterのリストを見たら「こぼりたつや」さんに対して発信してる人はほぼいませんでしたよ。

 

これでめでたしめでたしですね!

(めでたいのか?)

あとがき

さてさて。

冒頭では出来るだけ【成長】という言葉を使わずに成長というテーマを書きたいと思い、あんなヘンテコリンな文章になりました笑

 

いやー何回か成長ってキーワードを入れそうになりましたね。

人間的に【成長】とかね。

非常に難しかった。

 

書いてて自分の中で

「こんな感情があるんだ」

って再認識させられました。

 

 

あ、余談ですか?

あれは余談ですから。

 

正直読まなくていいです笑

 

ってか自分もここで書かないで当人に対して言えって話ですよね笑

ちなみに私が唯一こぼりたつやさんに対して思う感情は

 

「早くタクシー運転手時代の記事読みたい」

 

という思いですw

 

気付いたらもう5000文字超えてるんですね。

ということで今回はこのへんで。

 

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