3000文字チャレンジ

とんかつラーメン【3000文字チャレンジお題「普通」】

3000文字チャレンジについてはコチラを参照ください。

簡単に言ってしまえば

  • 文字装飾をしない
  • リンクなどを貼らない
  • 文字のみで3000字以上書く

といった感じです。

 

ではスタート

普通ってなんだろう?

私が中学生か高校生くらいの時に毎度のことながら思っていたのは

 

「普通ってなんだろう?」

 

だった。

 

両親や先生、テレビで流れているニュースや近所の人生の先輩方など

 

「普通に考えて~~」

「そりゃあ普通そうでしょ?」

「普通にしてよ!」

 

なんて会話を何百回と聞いたことがあるが、そのたびに思ってしまうのが

 

「普通とはなに?」

 

という感情だった。

 

今となっては、普通と言っている意味が

「世間一般的な考え」

「常識的なこと」

「多数決による意見」

などと勝手に解釈しているが

 

当時の私は「普通」という単語が出るたびに

 

「またかよ普通って、普通っていったいなんだよ」

 

と心の中で疑問に思っていた。

 

その疑問が歳だけ大人になった現在でも

「普通」という単語には違和感を覚える。

 

人類に生まれたからには

群れで過ごさなきゃいけないし

 

どこかの髪の長い先生が

「人という字はウンタラカンタラ」

って言ってた。

 

人は一人では生きていけないのは十二分に分かっているつもりだ。

 

だが

群れる上で「普通」である必要がどこにも存在しない。

 

むしろ普通ではなく、尖ってたり劣っていたりして良いのではないだろうか。

 

尖っていたなら「天才」などと称されるだろう。

劣っていたなら、他の劣っている人の気持ちが分かり

新たな方法などを生み出すかもしれない。

 

何をもってして「普通」なのか。

 

普通という言葉には何の面白みもないと、私は思う。

 

なので、3歳の子供を持つ父となった私は

わが子に教える時には「普通」という単語を使わずに

自分自身を公にさらけ出して、わが道を進んでいってほしいと願う。

 

誰一人として「普通」の人生を送っている人なんていないのだから。

私が幼稚園から小学校くらいの時

普通についての話は変わるが

私が幼稚園くらいの時、よくおじいちゃんと遊んだ。

 

おじいちゃんの家に行くと決まってお金を貰えた。

 

100円玉とか500円玉とかではなく、毎回1万円札。

しかも引き出しにお札のまま入っているのがナゾだった。

 

当時はそのお金の使い道など分かるはずもなく

 

「ありがと~」

 

と無邪気に笑顔で返していたが

大人になった今、考えてみると

 

「どれだけ年金を貰っていたんだ?」

 

というくらい、毎回お金を貰っていた気がする。

(確か1回だけ5千円札だったことがあったような。)

 

お金が欲しいから、おじいちゃんの家に行っていたわけではなく

おじいちゃんとする将棋が面白かったから、足を運んだ。

 

幼稚園くらいの時は、将棋を覚えたてで

全くおじいちゃんにはかなわなかった。

 

それでも、おじいちゃんと将棋をするのは楽しかったし

将棋だけでなく、メンコ遊びやベーゴマなど昔ながらの遊びを教えてくれる

そんなおじいちゃんと一緒に遊んで、居心地がよかった。

 

 

 

小学校低学年になると、将棋でも接戦になることが多くなった。

たまにおじいちゃんに勝つことはあったが、それでもおじいちゃんは強かった。

前よりは将棋のルールを覚えたし、戦略も立てられるようになったので

より、おじいちゃんと将棋するのが楽しくなった。

 

 

 

小学校中学年くらいになると、おじいちゃんに勝つことが多くなった。

だが、まだおじいちゃんの方が強い。

 

 

 

小学校高学年になると、おじいちゃんにほぼ勝っていた。

といっても、将棋そのものをする機会が減った。

 

 

どうやらおじいちゃんの体調が良くないようだった。

 

このころから、今まで普通におじちゃんと遊んでた

 

「普通」

 

というのが、普通でなくなってしまった。

 

中学校くらいか、高校生くらいだっただろうか。

おじいちゃんは寝たきりになった。

 

どこかの老人ホームに行っていたが、気づいたら人工呼吸器をつけていた。

中学校になってからは、部活をはじめ忙しくなった私は

おじいちゃんとなかなか会う機会が無かった。

 

おじいちゃんが亡くなった日、私は当時大学生だった。

一人暮らしをしており、部屋で一人だった。

 

亡くなった次の日に病院に行き、おじいちゃんの姿を見た。

不思議と涙は出なかった。

とんかつラーメン

おじいちゃんと遊ぶのは、幼稚園や小学校がない土日。

午前中から遊ぶので、おじいちゃんとおばあちゃんに

 

「お昼なににする?」

 

と聞かれる。

 

そして、毎食のように出前で食べていたのが

 

「とんかつラーメン」

 

だった。

 

子どもの頃にとんかつラーメンばっかり食べていた私は

どのラーメン屋にも存在する王道のラーメンだと思っていたが

実際は「とんかつラーメン」なんていうのは、他のラーメン屋でなかなか聞かない。

 

ボリュームも結構多く、幼稚園や小学生の私は食べきれない。

なので、おばあちゃんと二人で分けて食べていた。

 

おじいちゃんは一人でとんかつラーメンを食べられるので

毎回完食するおじいちゃんを見て

 

「おじいちゃんスゲーな!!」

 

と思っていた。

 

そんなとんかつラーメンを、最近になって思い出した。

 

本日2020年9月28日

 

息子:幼稚園に行っている

嫁:嫁母と一緒に三越へ買い物

 

という、それぞれが何かをしているタイミングで

私の予定は何もない。

 

てなわけで、とんかつラーメンを食べに行った。

(実際のとんかつラーメンはアイキャッチの画像です)

 

わざわざ車で20分くらいのラーメン屋へ。

そのラーメン屋は、当時おじいちゃんが生きているころから移転していた。

だが味は変わらず、あの時のままだったと思う。

 

唯一違う点は、当時は出前を取っていたので

 

・麺が伸びていないこと

・とんかつが別々のお皿にもられていないこと

 

など、当時食べていたものをそのままというわけではないが

味や雰囲気はそのままだった。

 

 

食べながら、おじいちゃん家に行ったときや

色んな遊びをしてくれたことなどを思い出しながら麵をすすっていた。

 

ラーメン屋の大将に話をかけようかと思ったが

20年も前の話だし、話をかけられたところで盛り上がるわけでもない。

 

そう思った私は、自分の心の中の思い出にしまっておくことにした。

9月27日は父の命日

昨日は父の命日だった。

お墓参りをしたかというと、していない。

 

「22日にしたから良いかー。」

 

なんて安易に考えていたが

おじいちゃんのことなどを思い出して

お墓参りをした方がい良いのか?なんて思いがあった。

 

父に対し親孝行ができたかどうかは分からない。

というかおそらくできていない。

 

母は健在だが、この先も親孝行が出来るのかはわからない。

というか、親孝行って何をしたらいいのか未だに分からない。

 

と同時に、

おじいちゃん孝行

おばあちゃん孝行

なんてものは、もっとできていないのだろう。

 

〇〇孝行という言葉の意味を知り

実際に行動してみようかなと思ったとき

 

親は既に亡くなっていたり

祖父母も亡くなっていたり

 

せめて今のうちに母親孝行しておけばいいのではないだろうか?

なんて思う自分がいるが

当時の思いなどが反比例し、憎いという感情も生まれる。

 

まだまだ私も大人になり切れていないのだろうか。

 

 

結局、普通とは何なのだろうか。

おそらく答えは永遠に出なさそうだ。